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真理の探究

人間の義務の一つは、真理の探究なのだそうだ。

そんな事は最近まで知らなかったが、

小さい頃、文字の読み方や

数字の計算の仕方を覚えるようになって、

分からない事が減った事に安心していた。

大体みんなが知っていて自分には

分からない事が存在すると言うのが、

何か不安だったし、

誰も分からないような事も、

分からないと不安だった

でも、本当に知りたい事は、かなり

最近になるまで誰も教えてくれなかったので

(正確には、周りもみんな分からなくて

教えられないと言う事なんだけど)、

ごく最近まで、そう言う不安感は

続いていた。

大人はみんな、大体全部の事を

知ってるんだと思ってたし、

自分も段々、大体全部の事が分かるように

なる日が来るんだと思ってたけど、

肝心な事は誰も知らないらしい事に

薄々気付くようになって以降は、

特に不安が増していた。

どれも考えても仕方の無いような事ばかりで、

人にも訊けないと言うか、多分、普通は

そんな事あんまり考えないだろうから、

訊いても話が通じなさそう、

って事ばかり、ずっと気になって、

でも手掛かりも無いしって言う。

まして、そんな訳の分からない事で

不安になってるなんて、多分誰にも

理解出来ないだろうから、不安を

感じている事自体も相談出来ない

大体、何と説明すれば良いのか。

分からなさ過ぎて、自分でも何が分からないのか

分からないのに説明出来ない

私が知りたかった諸々の事を簡潔に言い表わすと、

「普遍の真理」と言う言葉になるらしい。

時代や場所が変わっても、

ずっと変わらない事実の事。

今思うと多分、真理を探究しないといけないのを、

ずっと奥の方の自分が知っているので、

これからも分からないままだったらどうしよう

って不安を感じていたのかもしれない。

知らない事が分かった時の安心感も多分、

やるべき事が出来た安心感なんだろうな。

真理探究の義務は果たしてるぞ、

って言う安心感。

知りたかった事を教えてもらえる時が来て、

本当に良かった

まだ全部じゃないし、きっと一生掛けても

全部にはならないけれど、

それが分からないと落ち着いて生きられない

的な部分は、大体解答が得られたと思う。

医学とか栄養学とか、普段の生活の中の事も、

どうやらこれで間違い無さそうだ、と言う所まで

解明されると、凄く安心する。