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英国ファンタジー/ジョージ・マクドナルド『お姫さまとゴブリンの物語』

プロにまかせるじゃ意味がない!アリスの挿絵はなんとしても自分で描く!!

作者の周囲が反対した理由はよく分かるんだ。だって、『不思議の国のアリス』の作者ルイス・キャロル本人がオリジナル版で描いたアリスは味があるけど、やっぱり素人しかりでぎこちないんだもん。

それと、これはあくまでも贈り物用で私的にすぎる。大手刊行には向かない。

くだんの数学者が自筆画掲載を頑張らなかったおかけで、我々は人気画家テニスンによる出色の挿絵を拝めるというわけだ、あの終始クールな少女の表情はおもしろいのかおもしろくないのかいまいちよく分かんない奇妙な会話や遊びが続く世界で天然のツッコミ役や塩対応を遺憾なく発揮してるからね、表情豊かなディズニー版はそうじゃない感が半端ない。

キャロルが撮りまくった少女写真にはたんなるスナップの枠を越えて被写体の向こう側に大人のギラギラした熱い眼差しと獣くさい息を強く感じられて問題ありありなんだけど、プロの絵描きじゃないキャロルはモデルにポーズをとってもらわないと絵が描けなかったようなんで、あのけっこうな数の写真群からダイレクトに受けとれる異常なまでのロリコン嗜好は芸術へ昇華を目指したものとして、いくらかおおめにみてもいいんじゃないかなと気がしてきた。オリジナル版は表情やポーズがそのまま挿絵に活かされているものも多数あるし。

人気に後押しされて大手から書き直し版を刊行するさいも自筆挿絵にこだわった理由は手作りケーキのプレゼントと同じで、身近な幼子アリスへの素直な愛情をいつまでも忘れたくなかったからだと思う。手作り版をプレゼントされたアリス・リデルにとっても生涯の宝物になったと聞く。

ただし!ただし!守るべき境界線は有る。素直では許されない愛のかたちはどんなに苦しくっても秘めたままあの世に持っていかなくちゃいけない。

参考資料

脇明子『少女たちの19世紀/人魚姫からアリスまで』岩波書店

ラッセル・アッシュ解説『不思議の国アリス・オリジナル』書籍情報社

脇明子訳、ジョージ・マクドナルド作『お姫さまとゴブリンの物語』岩波少年文庫創刊40年記念版

おや?ルイス・キャロルが撮影したリデル家三姉妹とは別の少女写真を見つけた。

ジョージ・マクドナルドの娘アイリーン・マクドナルド!

ジョージ・マクドナルドはアリスや指輪物語にも影響を与えた英国幻想小説家。彼の『お姫さまとゴブリンの物語』に登場する姫さまの名前はアイリーン。

つながったぁ!マクドナルド家もキャロルと家族ぐるみで仲良しだったのねぇ。愛娘を作品に登場させるとは芸術家がとってもうらやしいにゃあ!

ずっと読まなくちゃと思ってる『指輪物語』『ナルニア物語』よりも、話題にならないマクドナルドを選んだのはアンデルセンと同様の冷たい北風や永遠の眠りを誘うような霧を頬に感じたかったからなのね、どこもかしこ人だらけになるゴールデンウィークこそ静かな時を愛でたいもので。

“この世は旅さ、冬の旅、夜の旅、一筋の光も射さぬ空のもと俺たちゃ道を求めて進む”

手応えあり!舞台&キャラ設定に萌えまくり

母親を早くから亡くし遠い田舎に預けられたアイリーン姫が舘の塔で迷子になってガン泣きしちゃう冒頭から物語にひきこまれてしまったよ。

深い山々に囲まれた舘にはとっても長い階段と無数の扉があるところがゴシックムード満載でグイグイとくる。開かず部屋って怖いけどワクワクしない?

姫さまらしく勇気を出してたどり着いた秘密の部屋では白銀の髪を背ぜんたいにふんわりと垂らした美しい婦人が独り静かに糸を紡いでいたんだけど、姫さまと同じアイリーンと名乗る謎のおばさまはなんと彼女の御先祖さまで、これ以降数々の危機から守ってくれる守護神となる。

そんなアイリーンおばさまに読者もうっとりしちゃう秘密は文章はもちろんだけど、アーサー・ヒューズによる挿絵による魔法が大きいのね、優しさと知性だけじゃなくて、神秘的ムードを醸し出しているの。キラキラ

鉱山の周囲では薄気味悪い風体の妖精族ゴブリンがうごめく。ゴブリンは姫さまを強奪して王国再興を目論む、失敗なら舘ごと水底に沈めてしまえと。

地上の楽園から追い出され、何世代にもわたって地下生活を余儀なくされた彼らを作者は醜い悪役に徹して突き放しているおかげで、物語が素直で力強くなっている。

鉱山で父親と働くカーディー少年はふとしたことで、妖精族の悪巧みを耳にする。

ここから、お姫さまと同時進行で少年の地下冒険がはじまるんだ。谷底めいた薄暗い影が落ちる舞台でロマンスの花と同時に痛快な読後感に包まれるのは、夜空の星々をすべてとかしこんだような姫さまの瞳やおばさまの波打つ銀白色の髪のイメージや癒しの魔力だけじゃなく、脇役にいたるまで描写がとっても緻密だからで、例えばいつもいっぱいいっぱいのテンパリ乳母なんかは姫さまのやさしい言葉にほだされて涙がほろりとするかと思えば、出来すぎるところが気に入らなくてムカつくと正直に言っちゃうあたりがとっても人間くさくてチャーミングなんだけど、もちろん愉快なのはそれだけじゃなくって、なによりも姫さまと少年が他人から信じてもらえない苦しみを乗り越え、共に助け合いながら活躍するところに冒険小説の醍醐味を感じるんだよなぁ、ここは従来の英雄譚の書き換えになると思う。

姫さまのお相手がイケメン王子じゃなくて、社会的に底辺にいる鉱夫の息子って設定もポイントが高い。

アイリーン姫がおばさまからもらった指輪とそこから繋がる蜘蛛の糸をたよりに薄暗く冷たい坑道を突き進み、囚われのカーディーを血だらけになりながらも救いだすところは、オッサンの私でもドキドキしちゃった。うふ

角川つばさ文庫版は装いがすっかり現代仕様になって、おばさまがスリム&ビューティーになりすぎているうえに、スコットランドの妖精がポケモンぽくなってザンネンなんだけど、それは物語自体がいく通りものアレンジが可能な豊穣性を持っていることの証。

“さぁ、きみも、今すぐ、真実と勇気をさがす旅に出よう”の掛け声は物語の本質をしっかりとらえているから、これはこれで悪くない味付け、訳者があとがきで聖書マタイ伝の一文《人は自分を失うことで信仰を得ることができる》の影響を受けていることを指摘してくれたところにもがっちり手応えを感じたよ。続編情報もゲット!綺麗なおばさまにまた出会えるかな?

そうそう!お気に入りのオリジナル挿絵がひとつ。カーディーとアイリーンの間に巨漢の乳母がずずいと割り込んで、姫さまの御褒美キスを邪魔する場面ね、愉快で大好き