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菌は生きてるよ

今日はサモハンにごはんをたべさせた。

皮をぬるぬる脱いでいたので

箸でつまんでみた。

ぬるぬるだった。

皮をよく観察すると

しっかり、「サモハンの皮」だった。

模様の跡?みたいなのがあって

さっきまでサモハンだったのだなぁと思った。

AさんはAさんでも

腸にうんこがあっても

うんこごとAさんと見なされるのに

ケツから出た途端

うんこはうんこになるのだ。

Aさんとうんこは離別するのだ。

ケツから出るまでうんこは確かにAさんと同一だったのに。

もうAさんではないのだ。

サモハンの皮も

さっきまで、いや、昨日まではサモハンだったのに

もうサモハンではないのだ。

サモハンの皮なのだ。

魂なんてのがあるなら

死んだ途端に魂が抜けるなら

もしめぐみが死んで魂が抜けたら

めぐみの死体とめぐみに別れるのだろうか。

いや、魂が本質ならば

めぐみの死体 めぐみ本体(魂)に別れることになるけれど

体の方が本質ならば

めぐみと、めぐみの魂 に 別れるのか。

でも、そうなったら

めぐみは動かなくなって

排泄されためぐみの魂はどっかに行っちゃって

腐って骨になって

それが悲しいからみんな

「魂の方が本質」なんて

生きてる人が考えるんだろうなぁ。

うんこをする人、と

うんこに別れてしまうことが。

毎日毎日

サモハンは脱皮をする。

昨日の自分と離別する。

カエルもムシもヒトもうんこをしたり代謝したりする。

昨日の自分と離別する。

毎日毎日

生きてる方と死んでる方に離別する。

私は昨日つくった野菜炒めが不味くて食いたくない。

漬け物にしようかと思ってたキュウリがなんだか腐りそうだったから

火を通して食べたいと思い

野菜炒めにしようとした。

キュウリなんかズッキーニとだいたい同じような感じだろー、と

ベーコンと炒め…いや、ベーコン無い…。

あっ、卵と炒って

ごーやちゃんぷるーみたいな感じに…あっ。卵が無い…。

というわけで

キュウリとにんじんとエリンギの炒め物にした。

卵もベーコンも無いけど、なんかこう、パワフル感?を出したくて

にんにく炒めにした。

きゅうり、にんじん、エリンギの

にんにく炒め。

何でだろう、組み合わせとかは絶対悪くないと思うんだけど。

惜しむらくはにんにくが入りすぎたこと。

こんなもんかな〜と

ボケーとしながらチューブにんにくをニュルニュルしたら

すげー入ったんじゃないかと思う。

こんなもんかな〜、じゃない。

こんなもんじゃない。

これでもかと入った。

不味い。

いや、不味くはない。

ふつうに味は。

ただ、くさい。

食べたらしばらく誰にも会えない。

ぜんぜん減らない。

不味いからムカついてる。

お風呂入ってお絵描きするぴょん

ぴょんぴょん